JSF事件の虚像と実像 - 深田萌絵氏の発言に対する疑念

2020-05-31

お知らせ

2021年4月に深田萌絵・后健慈両氏が事件に関する主張を変更したこと、新たな検証情報が得られたことを踏まえて、現在本記事の加筆修正および新たなまとめ記事を執筆を行っています。新記事については遅くても7月中には公開できるかと思います。(2021-05-11)

目次

はじめに

Revatron株式会社のCTO后健慈氏が同社の社長を務める深田萌絵氏(本名・浅田麻衣子)に語ったところによると、この事件はかつて台湾で実際に起きたものであるらしい。事件の証拠や証人は全て隠滅されているそうで、しかも后健慈氏自身は表舞台でこの事件について発言することはないため、私たちは深田氏の発言と彼女が公開するいくつかの資料などによってしかこの事件の全容を知ることができない。

これから少し詳しく見ていくが、深田氏のこの事件についての発言には一部整合性がとれていないように思われる箇所がある。ただ、「后健慈氏が台湾で軍事技術を奪われた」という部分については2020年5月現在に至るまでおおよそ一貫しており、このことが彼女が后健慈氏を「天才エンジニア」と称することであったり、また彼女が著書『日本のIT産業が中国に盗まれている』などで展開している自説であったりの大きな根拠の1つになっているのだろうと思われる。

ある人は私にこう問うかもしれない。

「証人も証拠もない上に一貫性もない?そんな根も葉もない話を検証して何の意味があるのか?」

そこで、私の一番の関心がこの事件そのものよりも、深田氏がどうして「そんな根も葉もない」と思えるような話を頑なに信じ、公共の空間で「あの人は人殺しだ」、「あの人はスパイだ」などと触れ回っているのかにあるということを最初に前置きしておきたい。今からここで書くのはあくまでそれを調べていくうちに得られた副産物に過ぎない。

深田氏がこの事件に関する発言を始めたのはおそらく2015年頃のことだと思われる。2020年5月現在でも少ない手がかりから事件の検証を続け、疑問を呈している方たちがいるが、深田氏や出版社からは未だに回答が得られていないのが現状であるらしい。この抄録が事件の真相が明らかになることを望んでいる方たちの一助となることを願っている。

追記(2021年5月11日)
2021年4月、米IRSから脱税の疑いをかけられたのち、体調を崩して米国に帰国していたらしい后健慈氏がYoutubeに登場し、自ら事件について語っている。

登場人物・組織・その他の用語

深田萌絵(本名:浅田麻衣子)
Revatron代表取締役社長

后健慈/Jason Ho
Revatron CTO(技術長)台湾系米国人
※ 当初深田氏はブログ等で「マイケル・コー」、「王源慈」と呼んでいた。
Revatron: Jason Ho 代表プロフィール

徐秀瑩
后健慈氏と共にMai Logic Inc、亞圖科技などを経営。
Company Directory: MAI LOGIC INC.
永旺未上市: 亞圖科技股份有限公司

Mai Logic Inc(米国 1992-2014)
Manta: Mai Logic Inc
OS news: EXCLUSIVE: Terra Soft Presents Full YDL & Hardware Solution for PPC
※ 2002年頃に「Mentor Arc Inc」から社名変更したものと見られる

亞圖科技股份有限公司/Atum(台湾 1998-2005)
・台灣新新創產業網: 亞圖科技

JSF計画(Joint Strike Fighter:統合打撃戦闘機)
米国の次世代戦闘機開発計画。Lockheed Martin社のF-35が採用された。



Kaiser Electronics
JSF計画に参加し、F-35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムをMai Logicと「共同開発」する米国の企業。

TSMC/台積電
亞圖からチップの製造を受託した台湾のファウンドリ。

虹晶科技
亞圖からチップのフォトマスク製作を受託した台湾のデザインサービス会社。

華邦電子
焦一族が経営する華新グループの台湾企業。

焦佑鈞
華邦電子の社長。
※深田氏の記述中では「焦鈞」という誤表記が散見される

中芯國際
中国のファウンドリ(半導体デバイスを生産する工場のこと)。

深田萌絵氏の発言からの事件像

まず、深田萌絵氏のこれまでの発言からJSF事件がどのような事件だったのかを少し整理してみることにする。発言の時期によって少なくとも3つの世界線があるように思われるので、それぞれA、B、Cに書き分けた。整合性が取れていないと思われる部分については色を付けて示した。(発言のソースについてはこの抄録の最後に付けることにする)

0. Mai Logicは1996年にJSF計画に参加し、Kaiser ElectronicsとF-35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムを共同開発した。

A-1. 馬英九台北市長がマシンガンを持った中国スパイや台湾マフィアに亞圖のオフィスを襲撃させ、設計情報は盗まれた。后健慈氏もまた投獄された。

A-2. Mai Logicの共同開発先であるKaiser Electronicsは「中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃にさらされ、后健慈氏の会社が危機的状況にある。サポートしてほしい」と陳水扁総統宛にメールを送った。

A-3. 后健慈氏は獄中で暗殺されそうになったところを王金平立法院長(国会の議長に相当)に救い出された。2005年にFBIの保護を受けて米国に渡ったあと、被害者保護プログラムで名前を変え、米国籍を取得し、姿を消した。開発チームからは一度外された。

A-4. 台湾政府は「これは台湾史上最悪の人権侵害だ」と発表した。陳水扁総統は事件の解明に挑んだが、馬英九によって投獄され、治療も受けられないまま廃人になった。これによりFBIも捜査を打ち切った。

A-5. チップの設計情報は馬英九市長が中国共産党に密売し、人民解放軍に流れた。馬英九市長はそれによって得た金で国民党内の序列を5位から1位に上げ、総統になった。


B-1. 后健慈氏は新唐科技の米国支社長から商談に招かれ台湾にやってきたが、焦佑鈞氏によって刑事告訴されており、空港に着いてすぐ理由のない逮捕状で逮捕され、投獄された。焦佑鈞氏は台湾調査局にすべての設計資料を押収させた。それらが返却されることはなかった。

B-2. 2003年、亞圖は虹晶にチップ製造を発注したが、製品はできず、虹晶は「亞圖の設計に問題がある」として亞圖に対して訴訟を起こし、亞圖の資産を差押える手続きに乗り出した。

B-3. Mai Logicの共同開発先であるKaiser Electronicsは「不適切な妨害が入ってチップのサンプル製造が遅れている。適切な対応をしてほしい」と陳水扁総統宛にメールを送ったが、陳水扁総統はマフィアを恐れて介入しなかった。

B-4. 米国に渡った后健慈氏は2006年に虹晶に対して1億ドルの損害賠償を求める反訴を起こした。


C-1. 焦佑鈞氏は后健慈の技術のマーケット機会を「すごい」と言って、亞圖に1,500万元を投資したのちにTSMC経由で技術を盗んだ。

C-2. その事実を隠蔽するために「技術が無かったから金を返せ」と告訴したが、虚偽告訴と見なされて却下された。



色分けした部分を簡単にまとめると次のようになる。



A. マフィアやスパイにオフィスを襲撃され設計情報を盗まれた。后健慈氏は馬英九台北市長によって投獄された。Kaiser Electronicsは「中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃にさらされ、后健慈氏の会社が危機的状況にある」とメール。設計は馬英九市長が中国へ密売、人民解放軍に流れた。陳水扁総統が事件の解明に挑んだが投獄された。(2015-2016)

B. 焦佑鈞氏に刑事告訴され、空港で理由なしの逮捕状で逮捕、投獄された。Kaiser Electronicsは「不適切な妨害が入ってチップのサンプル製造が遅れている」とメール。焦佑鈞氏が台湾調査局に押収させた設計は馬英九市長が焦佑鈞氏へ密売した。陳水扁総統は介入しなかった。(2016-2019)

C. 焦佑鈞氏は亞圖に投資をしたあと、TSMC経由で設計を盗んだ。焦佑鈞氏の告訴は虚偽告訴と見なされ棄却された。(2020)

この事件の肝要である「設計は誰にどのように盗まれ、どこに流れたのか」をはじめ、「刑事告訴された/虚偽告訴として棄却された」、「陳水扁総統が介入した/しない」、Kaiser Electronicsの手紙の内容が「后健慈氏の会社が危機的状況にある/サンプル製造が遅れている」など、発言の内容に一貫性が見られない。「虚偽告訴として棄却されたのなら后健慈氏は投獄されなかったのではないだろうか?」という疑念も生じる。


追記(2021年5月11日)

2021年4月にはさらに主張が変更されている。事件について語り始めて6年経ってまた主張が変更され、「全て隠滅された」と言っていたはずの事件資料が追加で公開される。それまで一度も名前の出ていなかった会社が突然事件の相関図に加えられる。それ以前の主張との矛盾については何も説明されない。こういったことが何を意味するのかはさっぱり分からないが、杜撰な印象を受ける。

1. 台湾政府の発表はあったか?

深田萌絵@Fukadamoe
焦祐鈞は、台湾の司法機関から諜報機関まで影響力を持っていることで有名だった。CTOは獄中で暗殺されかけたところ、当時の行政院長王金平に救われて米当局の保護下に入った。
台湾政府は、これが「台湾史上最悪の人権侵害だ」と発表した。#焦佑鈞#青幇
深田萌絵氏が言うように政府が「台湾史上最悪の人権侵害」と公式に発表するほどの大きな事件であれば、必ずネット上に何かしら記録が残っているのではないかと思う。例え台湾で検閲・削除を受けたとしても、海外で報じられたり論じられたりした記録は残るはずだが、そういったものは見つからない。

そもそも台湾で箝口令のようなものが敷かれているのであれば、台湾に暮らす人々の間でその事件は「語ってはいけないもの」として存在を認識されているはずだが、少なくとも筆者はこれまでにそういった話を一度も聞いたことがないし、当時政府が「台湾史上最悪の〜」というセンセーショナルな発表をしたということも記憶にない。

2. 投獄されたか?

深田萌絵@Fukadamoe
新唐科技米国支社長に台湾での商談に招かれたCTOを空港で待ち受けていたのは台北警察だった。焦がCTOを刑事告訴し、理由なしの逮捕状でCTOは投獄された。焦は台湾調査局にアトム社の社内にある全ての設計資料を押収させ、それら資料は二度と返却されることはなかった。#焦佑鈞#青幇
新唐科技は2008年に華邦電子からロジックIC事業を継承する形で分社化された企業であり、后健慈氏が米国に渡る2005年以前にその「米国支社長」が登場するのは時系列がおかしい。「新唐科技米国支社長に台湾での商談に招かれた」というのはおそらく深田萌絵氏の創作だろうと思われる。
直後、彼の台湾オフィスは中国スパイに襲撃され、馬英九によってマイケルは投獄された。獄中で暗殺されそうなところ、現台湾立法院長王金平に助けられて米国へ亡命。FBIの保護下に入ったのだ。
─ 深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月09日)
「空港で理由無しの逮捕状で逮捕」以外の何らかの方法で投獄されたものと仮定して、ここで客観資料として、公司法(会社法)違反で刑事起訴された后健慈氏に対する2016年の判決文を提示する。
臺灣士林地方法院刑事判決       105年度訴緝字第24號
公 訴 人 臺灣士林地方法院檢察署檢察官
被   告 后健慈
(中略)
被告后健慈係位於臺北市○○路000 巷○00○00號7 樓亞圖科技股份有限公司負責人,於民國88年5 月間因公司資金短缺,欲以現金增資方式籌措資金,乃於88年6 月1 日召開董事會決議每股溢價新臺幣(下同)15元發行新股,惟迄增資基準日(88年7 月6 日)僅向瑞華投資公司募得7,500 萬元,未達應募金額目標。后健慈為達增資目的,明知公司應收的股款,股東未實際繳納,不得以申請文件表明收足,竟於88年7 月6 日向「華非建設」、「華非貿易」等公司調借7,050 萬元存入彰銀信義分行帳戶內,嗣取得資金證明後,隨即於7 月8 日原款匯回,再委託會計師向臺北市政府建設局申請增資登記獲准,因認被告涉犯修正前公司法第9 條第3 項之罪嫌(起訴書誤載為公司法第9 條第3 項,業經檢察官於92年12月3 日提出補充理由書〈一〉更正)等語。
(中略)
本件犯罪終了日為88年7月8 日,經臺灣士林地方法院檢察署檢察官於90年6 月11日開始偵查,並於92年2 月16日聲請簡易判決處刑,92年3 月11日繫屬於本院,嗣因被告逃匿,經本院於94年8 月25日以94年士院刑大緝字第213 號通緝書發布通緝在案,致審判之程序不能繼續。復依同法第83條第1 項、第3 項規定,及參照司法院29年院字第1963號解釋,本案追訴權之時效期間應加計因通緝而停止之2 年6 月期間,共計為12年6 月。惟自檢察官於90年6 月11日開始偵查,扣除檢察官於92年2 月16日提起公訴迄案件於同年3 月11日繫屬於本院期間後,追訴權時效完成日應為105 年2 月29日,故本件追訴權時效已經完成且被告迄未歸案。揆諸前開說明,爰不經言詞辯論,逕為免訴之諭知。

─ LAWSQ: 臺灣士林地方法院 105年度訴緝字24號
判決文には次のようにある。

1999年5月、亞圖は資金ショートから新株発行による増資を決定したが、期間中に7,500万元しか集まらなかった。目標金額に達成せず、株主の買付代金も未決済だったため、亞圖は華非建設、華非貿易などから一時的に7,050万元を借り入れ、増資について虚偽登記を行った。

2001年に地方法院(地方裁判所)の検察が捜査開始、2003年2月に簡易判決を申請。同年3月に士林地方法院に係属。被告が逃匿したため、2005年8月に指名手配となったが、2016年2月に時効が成立した。

果たして「すでに入獄中だったために出廷できず、指名手配になった」などといったことが起こり得るだろうか。

3. 虚偽告訴はあったのか?

深田萌絵@Fukadamoe
パナソニック買収の焦佑鈞がF35の開発者を虚偽告訴したときの台湾警察での調書。

「投資するよ」

と投資して安心させ、技術を奪った後に「技術がなかったから金返せ」と、虚偽告訴して技術泥棒をしてきました。

中山科学研究院の陳友武の技術も焦が盗みました。


深田萌絵氏は后健慈氏が焦佑鈞氏から告訴されたこと、それが虚偽告訴として棄却されたことの証拠として、2000年に台北市調查處が焦佑鈞氏に対して行ったという聞き取り調査の記録を提示している。先に書いておくと、この2枚の調査記録からは「焦佑鈞氏が虚偽告訴を行った」というような事実を読み取ることはできない。

興味深いのはこの聞き取り調査が行われたのが前節で述べた亞圖の虚偽登記の1年後で、この調査の1年後に検察が事件の捜査を開始していることだが、この調査と虚偽登記の事件が関係しているのかどうかについてもやはりこの2枚の調査記録からは見て取ることができない。

では、調査記録には何が書かれているのか。
問:你是否願意接受本處(台北市調查處)人員訪談?
答:願意。
問:經歷与現職?
答:我自民國76年即但任華邦电子股份有限公司董事長,並經營該公司迄今。
問:你有無投資「亞圖科技股份有限公司」?詳情?
答:有,我係以華邦电子公司転投資之「瑞華投資股份有限公司」●●亞圖公司88年增資時投資新台幣(下同)一千五百萬元,佔該公司股份百分之五點九。原由本公司於与美IBM公司合作時得知后健慈所經營之美國MAI公司擁有本公司所欠缺的IC產品技術,並經IBM公司介紹,計劃与MAI公司合作,協商期間后某告稱該IC產品技術發展尚未屬重要,其另有一有關电腦安全系統相關技術之發明方係电腦科技之大突破,要求與本公司合作,公司內部乃呈至我處該判,經我与后某接觸,認為
※ 印影で解読できなかった2字は●●で表した。
おおよそ次のようなことが書かれている。
華邦の焦佑鈞氏は1999年に亞圖が増資した際、1,500万元を投資した。IBMと提携した際、自社に欠けているIC製品技術を持つMAI(Mentor Arc Inc:Mai Logic Incの前身)を経営する后健慈氏のことを知り、IBMの紹介でMAIと提携を計画した。協商期間中に后健慈氏から「IC製品の技術発展は重要ではない。現行技術を遥かに上回るシステム・セキュリティ関連の技術をすでに発明してある」として、亞圖との提携を求められた。
最後の一行の前半部分は「社内で私のところに話を上げて判断する」といった意味かと思われる。後半部分は文が途中で終わっており、深田氏が提示していない3枚目に続いているようである。

つまりこの2枚の調査記録には、焦佑鈞氏が亞圖に投資したかどうか、投資に至るまでの経緯(の途中まで)しか書かれていない。告訴のための調査であるとすれば、どのような被害を受けたのかが書かれるはずだが、肝心のその部分がこの2枚からは分からない。この調査がどういった目的で行われたものなのかも分からない。どうして深田氏はこの調査記録の続きを提示しないのだろうか。

そして、またもう1つの疑念が生じる。深田氏の主張に従ってこれが技術を盗んだことを隠すための告訴の調査記録であるとすれば、后健慈氏が技術を盗まれたのはこの調査が行われた2000年5月以前でなければいけないはずである。では、どうして亞圖は2003年に虹晶に対してチップの製造を依頼できているのだろうか。

4. 設計を盗まれたか?

深田萌絵氏は「マフィアにオフィスを襲撃されて設計を盗まれた」、「調査局に設計を押収された」と語る一方で、「焦祐鈞氏に盗まれた」とも語っており、TSMCがF-35のチップを生産していることがその証拠だと主張している。
最近、ニュースでTSMCがF35チップを提供していると流れていますが、TSMCは単なる工場でチップの権利を持っていません。仮に、TSMCがF35のチップ設計を持っているとすれば、CTOから盗み出したものです。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2020年1月20日)
この理屈は明らかにおかしい。

簡単に言えば、メーカーが設計したチップの製造を担うのがTSMCのようなファウンドリであるから、TSMCがF-35のチップの設計を持っているのは当然である。設計が無くては製造ができない。すなわち「権利を持たないはずのTSMCが権利を持っている」という話であれば一考を要するが、「TSMCがチップを生産している」というニュースはあっても「TSMCがチップの権利を持っている」というニュースの存在は確認できない。

そもそも、后健慈氏がJSF計画から外れたあと、TSMCが何故か信用失墜を承知でMai Logicのチップを勝手に量産し、Mai Logicの共同開発先のKaiser Electronicsもまた何故かそれが権利侵害であることを知りながら提供を受けるなどということがあれば、深田氏が今さら取り上げるまでもなく大きく報じられていただろうし、チップの回路図は米国のMai Logicにあるのだから后健慈氏は権利侵害で訴訟を起こしていただろう。

「盗まれた」という主張を捨てて「調査局に押収された」という主張を取るにしても、やはりチップの回路図は米国のMai Logicにあるのだから、台湾の調査局が何故か米国に対する主権侵害行為であることを承知ではるばる米国まで押収しに行き、米国政府もその設計がJSF計画に関係するものだと承知しながら何故か台湾に対して調査の拒絶も抗議もしなかったということになる。

5. 焦佑鈞氏は「すごい」と評したか?

パナソニック買収の新唐科技会長焦佑鈞(ユーチェンチァオ)がうちのCTOの技術のマーケット機会がすごいといったメールです。
(中略)
このメールはインターナルメールで、焦佑鈞の秘書がCTOを助けるためにくれました。



─ Facebook: Moe Fukada(2020年1月11日)
送信日は亞圖の創業から約7ヶ月後の1998年10月になっている。内容は「后健慈氏がセキュリティに関する非常に価値ある発明を持っていて、それがとても大きなマーケット機会をもたらす」というAssumption(仮定)から始まり、次に后健慈氏が経営する「Inguard」「Mentor Arc」(のちのMai Logic)「Atum」(亞圖)の3社それぞれに対する印象のようなものが書かれている。

興味深いのは亞圖に対して次のように書かれていることだ。
Atum: The mission of this company is unknown. To be successful in transforming the 2 technology into profitable business, is there anything the above 2 companies can not do?
メールには「各システム企業が当社の技術の価値を高めてくれることを望んでいる。顧客との競争は避けなければならない。IP/softwareビジネスやKey componentビジネスに全力を尽くすべき」といったスタンス、「(后健慈氏の企業が保有しているらしい)Genetic computing、ADPSという2つの技術のうち前者の方が価値が高い」、「IC設計より知的財産権の方が投資利益率が高い」といった見立てが書かれ、最後は后健慈氏に対するコンサルティングのような質問で終わっている。
What is the value Jason Ho want to grab?
What is the key successful factor for Jason achieve goal?
What is the mission for Atum?
How should we structure the company?
Jason's role?
Jason's capability analysis?
What kind of management partner he should look for?
Business partner?
What kind of partner relationship?
What are the expected return?
亞圖のミッションが分からない」、「亞圖に他の2社にできないことが何かあるのか?」と、このように亞圖の存在意義に対して明確に疑問を呈している焦佑鈞氏がこの翌年に1,500万元を投資しているというのは不可解に思える。

その答えがこのメールにあるとすれば、冒頭にある「后健慈氏がセキュリティに関する非常に価値ある発明を持っていて、それがとても大きなマーケット機会をもたらす」という仮定がそれではないかと筆者は考える。この仮定がどういった経緯で出てきたものなのかは定かではないが、焦佑鈞氏が台北市調查處に次のように述べていたことが思い出される。
后健慈氏から「現行技術を遥かに上回るシステム・セキュリティ関連の技術をすでに発明してある」として亞圖との提携を求められた。

6. FBIに保護されたか?

深田萌絵氏によると、台湾で命を狙われた后健慈氏はFBIの保護を受けて米国に亡命し、そのときにFBIから新たな英語名を与えられたという。
マイケル・コー。この名前は、FBI被害者保護プログラムでFBIから与えられた名前で本当の名前ではない。
(中略)
直後、彼の台湾オフィスは中国スパイに襲撃され、馬英九によってマイケルは投獄された。獄中で暗殺されそうなところ、現台湾立法院長王金平に助けられて米国へ亡命。FBIの保護下に入ったのだ。
─ 深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月09日)
后健慈、CTOの名前。「FBI保護プログラムで名前が変わったのではないのか嘘つき」という人がいますが、アメリカで漢字表記の名前は存在しませんので、常識的に英語名称が変わったと考えてください。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2020年1月20日)
2011年6月に設立されたRevatron株式会社の公式サイトから后健慈氏の英語名が「Jason Ho」であることが確認できる。また前節で提示した焦佑鈞氏のメールからは1998年時点ですでに后健慈氏の英語名が「Jason Ho」であったことが確認できる。

つまり、FBIの被害者保護プログラムで名前が変わったというのはおそらく深田氏の創作だろう。そもそも米国に「亡命」したあとも同じ業界で会社を興し、代表として堂々と表舞台に立っているのだから、いくら名前を変えたところで特定されるのは時間の問題のように思われる。

そして、FBIに保護されていないのであれば、「台湾でマフィアやスパイに命を狙われた」という発言の信憑性は自ずと薄くなる。さらに「后健慈氏が開発したチップはJSF計画において本当にそこまで重要な位置づけにあったのだろうか?」という疑念も生じる。

7. JSF計画にどう関わったか?

深田萌絵氏によると以下に提示する資料は2003年8月にKaiser Electronicsが陳水扁総統に送った手紙らしい(赤字の注釈は深田氏によるもの)




また深田氏は手紙の内容は次のようなものだと語っている。
『親愛なる陳水扁総統。ジョイントストライクファイター(統合打撃戦闘機)の開発を米国政府から受けて以来、私達は中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃にさらされ、特に王源慈氏[=后健慈:筆者注]の会社は危険な状態にあります。総統におかれましては、台湾国内における王氏の活動をサポートして頂きたく存じ上げます。
カイザーエレクトロニクス社、社長より』
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2015年11月29日)
2003年にカイザーエレクトロニクスが陳水扁元台湾総統に対して、台湾で製造するはずのマイロジック社のチップサンプル製造工程で不適切な妨害が入って製品製造が遅れているから、適切な対応をして欲しいとお願いをされていましたね。
深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2019年12月26日)
まず、深田氏はこの手紙を送ったのは「カイザーエレクトロニクス社、社長」だと説明しているが、差出人をよく見ると「Subcontract & Supplier Management」(外注・サプライヤ)部門の人物のようである。「マフィアやスパイが軍事機密を狙ってオフィスを襲撃している」というような危機が差し迫ったなかで一国のトップに手紙を送る人物としては不釣り合いのように思える。

次に、手紙の本文から深田氏の話に該当すると考えられる箇所を抜き出してみる。
Kaiser and Mai Logic enterd into an agreement to jointly develop the flight control/display systems by incorporating one of the key leveraging technologies, the Articia P chipset from Mai Logic. Just as we were expecting to start the process of verifying the samples of Articia P, we were informed that there was a certain inappropriate commercial interest involved in the process of fabricating the samples. As a result, Articia P may not be able to come into the market as we had planned. This would be devasting to us.
We would very much like to see President Chen's help in correcting this problem. We would view such assistance very positively and would convey this to our customer, Lockheed, and their customer, the U.S. Navy and U.S. Air Force. Thank you in advance for any support you may be able to give us.
簡単に翻訳してみる。
Mai Logicは「Articia P」チップセットを供給するという形でKaiser Electronicsとフライトコントローラー/ディスプレイシステムを共同開発する取り決めをした。チップのサンプル検証を始めようとしているが、サンプル製造において「a certain inappropriate commercial interest」が発生しており、予定どおりにチップが発売されないかもしれない。問題を解決してほしい。
文面から「a certain inappropriate commercial interest」(不適切な商業上の利益)が具体的にどういったことなのかは読み取ることはできない。これが「不適切な妨害」や「中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃」を指しているというのは深田氏の想像であって、翻訳として正確なものではないことが分かる。

またMai LogicとKaiser Electronicsの「共同開発」は、Mai Logicが自社製品の「Articia P」というチップセットを供給するというものだったことが分かる。「come into the market」(発売する、市場に出る)とあることからJSF計画のために特別開発している製品ではないようである。

もう少し具体的に「Articia P」とはどのようなものなのか、以下、JSF事件を技術面から検証しているZF氏のこちらのスレッドから抜書きする。(画像はMai Logicの公式サイトで公開されていた同製品のカタログ)
F-35などの兵器も全ての部品をゼロから起こすわけではなく、民生品やそれを少し仕様変更をしたものを使うことがある。「Articia P」も基本的に市販品。CPUの周辺チップセットであり兵器としての本質にさほど影響のある核心部品ではない。膨大な部品の一部として選定されたもの。
CPUがアップデートされれば同時にアップデートされたり、CPUと周辺回路まとめて1チップ化されたりするものであり、現在はCPUメーカーが自社で製品化している。(仮に当時F-35に採用されたのだとしても)現在製造中のF-35ではすでに使われなくなっている可能性がある。






Kaiser Electronicsからの手紙に対して、総統が「調査に乗り出して投獄された」のか、そもそも「マフィアからの報復を恐れて介入しなかった」のかは深田氏の主張に大きなぶれが見られるが、いずれにせよKaiser Electronicsの介入依頼は失敗に終わり、后健慈氏は「Articia P」を発売できないまま台湾から米国に「亡命」したという。

「亡命」後も「共同開発」の話が続いていたのかどうかは定かではないが、手紙が出された2003年8月から后健慈氏が「亡命」する2005年までKaiser Electronicsが代替部品を調達せずに「Articia P」を待ち続けたとは考えにくいし、台湾で知的財産権も何もかも失ったかのような書き方を深田氏がしていることからも、おそらく雲散霧消したのではないだろうか。

ところで、前に提示したArticia Pのカタログ(2003・2004年版)はアーカイブされた日付から2004年6月から8月の間に公開が始まっていることが分かる。また「Articia P」の先発「Articia S」が当時「Amiga」というマザーボードで採用されていたようだが、「Amiga」関連のニュースを扱うサイト「Amigaworld.net」が2004年3月「Articia P」スペック情報を伝えている。

Kaiser Electronicsの手紙は2003年8月に送られていた。仮に深田氏の言うように当時すでに設計情報を全て盗まれたり押収されたりオフィスを襲撃されたり製造を妨害されたりしていて「亡命」が必要になりそうな状況だったのであれば、2004年3月にスペック情報が伝えられたり、2004年6月から8月の間にカタログ情報が公開されているのはどういうことなのだろうか?

8. 製造の妨害はあったか?

深田萌絵氏によると次に提示する2006年4月の新新聞の記事は次のようなものであるらしい。
焦祐鈞がF35のチップをTSMC経由で盗んだ時のニュース。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2020年1月20日)






以下、記事から要点を抜書きする。
2003年、亞圖は虹晶に(筆者注:チップのマスク製作を)発注したが、虹晶の製品はできなかった。后健慈氏は「亞圖の技術はIBMの認証を得ている」、「虹晶に正式発注する前に、TSMCに委託した試産では成功していた」と主張したが、虹晶は亞圖の技術に問題があるとして訴訟を起こし、資産差押えの手続きに乗り出した。

虹晶は中国の最大手ファウンドリである中芯と戦略パートナーの関係であり、上海にIC設計の企業を共同設立している。虹晶は最近上場廃止したが、その理由は「当面の資金需要が無いため」と発表している。ひょっとしたら今後中芯から投資を受けるつもりで、それが表に出ないようにするために上場廃止したのかもしれない。

また「亞圖の技術には問題がある」と言って戦略パートナーを解消した華邦の焦佑鈞氏は、かつて中華開発の仲介の下で当時世大積の社長であった張汝京氏(のちに中国で中芯を創業する)と共に聯華電子との合併について商談したことがある。

后健慈氏は「亞圖のチップは米国の次世代戦闘機のチップの技術に関連しており、中国軍が高い関心を持っている。華邦と虹晶が亞圖の技術を以て中国の中芯を支援することは中国政府への最高のプレゼントになる」推察する。

この訴訟で2000万ドルの損失を被った后健慈氏は米国政府の保護を求めて米国に渡り、カリフォルニアの裁判所で虹晶に対して1億ドルの損害賠償を求める反訴を起こした。
記事には「マシンガンを持ったマフィアにオフィスを襲撃された」、「空港で理由なしの逮捕状で逮捕されて投獄された」、「調査局に設計を全て押収された」、「虚偽告訴された」、「王金平立法院長に救い出された」、「政府が台湾史上最悪の人権侵害だと発表した」などといったことは一切書かれていない。

「米国政府の保護を求めて米国に渡った」とは書かれているが、「FBIに保護されて米国に亡命した」とは書かれていない。「保護」と言っても「后健慈氏の生命の保護」と差押えの手続きが進んでいる「亞圖の資産の保護」では当然意味合いが大きく異なる。米国から反訴に打って出たということであるから記事中の「保護」は後者を意味するものだと考えられる。

深田氏の断片的な発言から浮かび上がる映画のような事件像とは大きく異なるが、筆者はこれがおそらくF-35事件の実像ではないかと考えている。

記事は后健慈氏の推察を紹介し、虹晶と華邦がそれぞれ中芯とどのような関係にあるのかを延々と説明している。亞圖のチップセットが「米国の次世代戦闘機のチップの技術に関連している」というのは事実だが、前節で確認したように装置の核心部品でも軍事機密でも何でもない市販品である。果たしてその事実を記者は理解しているだろうか。

記事には「虹晶の製品ができなかった」(虹晶產品沒做出來)とあるだけで、具体的にどのような問題が発生していたのかまで詳しく書かれていない。製造されたチップが動作不良を起こしているのか、それとも製造以前の設計に関することで揉めたのか、納期に間に合わなかったのか、それ以外の別なことなのか、肝心の部分がさっぱり分からない。

后健慈氏によると虹晶側は「亞圖の技術の問題だ」と主張しているそうであるから、少なくとも何かしらの技術的な問題をめぐって企業間紛争になったのではないかと思われる。そして、それに対して技術的な見地に基づく反論ではなく、自社の技術を誇大に語って係争相手の粗探しをするような推察を語ることしかできていないところに、亞圖側の劣勢がうかがえる。

なお、記事中で「亞圖の技術はIBMの認証を得ている」と主張しているのは、Mai Logicが「Ready for IBM Technology」(RFIT)認証を得ていたことを言っているものと思われるが、RFIT認証はIBMの半導体を組み込んだ製品を開発・設計・検証する企業であることを表すもので、「IBMが製品の動作を保証している」という意味合いのものではないし、そもそも虹晶もRFIT認証を得ている企業の1つである。

以下はArticia Sのカタログに使われていたRFITロゴと説明文。

補足1:日本語訳に見られるミスリード

なお、深田萌絵氏のブログでは先ほどの新新聞の記事の日本語訳が公開されている。記事の全文を訳したものではないが、原文と読み比べてみると「虹晶は亞圖の技術を以て中芯を支援するつもりかもしれない」という后健慈氏の推察を援護するような訳になっている。いくつか拙訳と並べて紹介する。(上段が深田訳、中段が筆者訳、下段が原文)

深田
虹晶の異常な行動。 今年二月、虹晶会社が突然、株式上場の申請を取り消した。
筆者
人々の好奇心をそそるのは、今年二月に虹晶が予告なく去勢したこと、株式の公開発行を取りやめたことだ。
原文
令人好奇的是,今年二月虹晶無預警地揮刀自宮,自行撤銷公開發行

また虹晶の「当面の資金需要が無い」という上場廃止の理由について、深田氏は記者の推察を次のように訳している。

深田
本当の理由は中国中芯グループとの提携を台湾で公表する必要を避ける事だと思われる。
筆者
最も主要な動機は台湾の上場の法令を遵守せずに済むからかもしれない。もし株式を公開したら、中芯との提携の可能性やその後の発展に関するセンシティブな情報な情報が明るみに出ることになる。
原文
最主要動機,可能還是以不必再遵守台灣上市櫃法令,需要公開,透明揭露可能與中芯合作,後續發展的敏感資訊

そして、完全に誤訳と思われるのがこの一文である。

深田
実は2005年、台湾ベンチャーキャピタルの有名人胡定吾の仲立ちで、中芯グループの虹晶会社を買収したニュースが流された。
筆者
実は昨年、胡定吾などのベンチャー投資家の仲介の下、中芯は虹晶科技に対してM&Aや投資の意向を示していたが、円満達成には至らなかった。
原文
事實上,去年胡定吾等創投大老的牽線下,中芯曾有意併購或投資虹晶科技,未能圓滿達成

このように深田氏の日本語訳では「虹晶は中国の中芯に買収された」ことが報じられており、それを隠すために突然の上場廃止という「異常な行動」をとったという書かれ方になっている。

また原文には、華邦と亞圖のパートナーシップが解消された際にも華邦が「亞圖の技術には問題がある」と主張していたというような記述があるが、深田氏の日本語訳では省略されている。

深田
しかし、最後は華新グループは后氏が六百万ドルの亜図会社の資金を流用した事を発表し、パートなジップ[筆者注:ブログの原文ママ]も失敗に終わった。
筆者
しかし、最後は華邦もまた「亞圖の技術には問題がある」と言って互いに不愉快な気持ちのままパートナーシップは解消された。さらに華邦は后氏が海外の子会社を利用して2億元近くをトンネリングしていたと反撃した。
原文
但結果華邦也是宣稱亞圖的技術有問題,雙方不歡而散,並且華邦還反控后健慈利用海外子公司,掏空亞圖近兩億元

補足2:沿革説明に見られるミスリード

深田萌絵氏はブログの他の記事でも虹晶についてミスリードするようなことを書いている。
2006年4月6日、台湾唯一の反国民党週刊紙『新新聞』がF35のチップソリューションを設計していた台湾アトム社社長(弊社CTO)と当時TSMC子会社だった虹晶科技がアトム社の設計したステルス戦闘機(F35)の超小型チップのデュアルユース設計を巡っての係争について、裏で糸を引いているのはウィンボンドCEO焦祐鈞だと報道した。
アトム社の設計を受け取った後に虹晶科技は「アトム社には技術がなかったので納品できなかった」とアトム社を訴訟し、アトム社は「IBMの認証を受けた技術企業であったうえにサンプル生産では通常に動いていた」と1億ドルの賠償を求めて反訴したために虹晶科技は訴訟を取り下げた。虹晶科技はこの訴訟でIPOを断念し、鴻海精密工業の子会社となった。新新聞はその後、青幇一員の朱国栄に買収され、論調が親国民党へと一転した。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2019年12月17日)
まずは1つ目の赤文字について。

虹晶は米国のSynopsysで専業設計服務部門のアジア・太平洋および日本地区総裁を務めた劉育源氏が2001年に創業。創業時は寶典、茂積、普豪の3社が株の6割を保有していた。2005年10月まで代表取締役を務めた高啟全氏はTSMCで2年間工場長を務めていたことはあるが、虹晶創業の10年以上も前にTSMCを離れていてた。高啟全氏が代表取締役を辞任したあとには茂積の蔡永平社長が選任されている。

深田氏の言うように「虹晶がTSMCの子会社で、それを中芯が買収した」というニュースが流れているのであれば、上場廃止してその動きが表に出ないようにするなどというのは全く無意味なことである。

次に2つ目の赤文字について。

2006年の反訴でIPOを断念して間もなく鴻海に買収されたかのような書かれ方だが、虹晶が鴻海の子会社となったのは2014年で、2006年の反訴、2007年の新新聞の買収から7年以上の開きがある。

ではその7年間はどうだったのか、深田氏が書いたように中芯に買収されていたのかというと、実は2008年、シンガポールのChartered Semiconductorの資本が入っている。2010年にはChartered Semiconductorが米国のGlobalFoundriesと合併し、2014年に鴻海に買収されるまでGlobalFoundriesが法人筆頭株主だったというのが正確な情報である。

虹晶に米国企業の資本が入ることになるとは新新聞の記者もさぞかし驚いたことだろう。

9. 製造遅延の原因は何か?

前節で提示した新新聞の記事によると、后健慈氏は新新聞の記者に対して「虹晶に正式発注する前に、TSMCに委託した試産では成功していた」と説明しているようだった。では技術者の視点からはこの事象はどのように捉えられるのか。以下は筆者がこちらのスレッドでZF氏に話を伺った際のツイートを整理したもの。(一部並べ替えや省略した箇所がある)
ZF ⚡@ZF_phantom
ちょうどそれっぽい資料がありました。半導体メーカーの業務フローです。赤四角で囲った部分がMai側の業務になります。製品設計については論理回路までがMaiの業務です。で、ES(エンジニアリングサンプル)でMaiが評価してOK出したら、量産してしまいます。(続
http://semicon.jeita.or.jp/icgb/pdf/icgb_4-1.pdf
ZF ⚡@ZF_phantom
問題は、ESでは正常動作してたのに、量産版では動かなかったわけですね。これは相当に揉めるでしょう。まずは、技術的に問題の原因を探求せねばなりません。その原因次第で、責任の所在が決まるはずです。両社で納得できる合意がなければ裁判沙汰になることもあるでしょう。(終
ZF ⚡@ZF_phantom
試作版で評価してOKだったのに、商用版(量産版)をロットでドンっと製造したら全部ダメってのは、頻繁にはないですけど、たまにあるんですよ。

状況とブツは違いますけど、例えばこれ。↓

韓国部品でiPhone不良発生、やっぱりフッ化水素の国産化は困難?https://newswitch.jp/p/20433
ZF ⚡@ZF_phantom
試作で動作してたのに量産版でNGというのは、タイミング問題(=規定の周波数で動作不良)とかが考えられますね。設計は運ではなく、実力(と予算と時間)です。企業をまたがって問題が生じると、責任問題(追加予算の負担責任と賠償問題)になります。この辺がゴタゴタの原因じゃないですかね。
Niao Hui@NiaoHui
もちろん完成品がNGであった以上は設計や製造に何かしらの問題があったのでしょうけど、それが試作版ではOKが出た論理回路によるものなのか、ファウンドリ側の工程によるものなのか検証できない類のものであれば、その責任を巡るゴタゴタは不運がもたらしたものと言ってしまいたくなりますけどね😓
ZF ⚡@ZF_phantom
それは違うのです。こういうのは自然現象ではなく、工業製品の動作試験で発覚した問題ですから、業界内または当事者としては「不運」で片付ける事象ではありません。徹底的にデバッグすれば原因は判明しますし、事前回避もできます。従って、「実力不足」が妥当な評価になります。
Niao Hui@NiaoHui
つまり…(決して簡単な作業ではないけれど)徹底的にデバッグすればどちら側の責任なのか判明するのに、そうした原因の探求を十分に行わないまま「ESでは正常動作していた」で押し通そうとして、当然それでは合意が形成されるはずもなく裁判沙汰になったという捉え方でよいのでしょうか😅
筆者は半導体製造に関して門外漢で、当初「原因が特定不可能なものだから責任の所在が決まらず裁判で水掛け論になっているのだろう」と考えていた。しかし「徹底的にデバッグすれば原因は判明する」ということを知り、「どうして后健慈氏は原因を特定しなかったのか?」という視点を持つに至った。
ZF ⚡@ZF_phantom
そんなところでしょうね。

本来的なデバッグ作業は、机上設計段階とESでの評価までです。ここまでで全てのバグを洗い出し、修正せねばなりません。この先に抜けてしまったバグは本当に厄介です。

装置主幹はカイザーですね。すると、Maiの開発遅延はカイザーへの納期遅延ペナルティも発生しえます。
ZF ⚡@ZF_phantom
1985年当時のカスタムLSIの開発費(=ファウンドリに払う費用に相当)がありました。2000年前後だと1桁上がってたでしょうね。で、仮にMaiの責任でのバグがあって、ファウンドリに発注し直しだと、億円規模の費用が飛んでいくわけです。ベンチャー企業だとこれだけで死活問題になったでしょうね。

例えばこういった推察ができる。

デバッグをすれば原因は判明するが、納期に間に合うか分からない。間に合ったとしても原因が亞圖側にあると判明すれば会社が傾くような金額の追加費用を負担しなければならない。とはいえ「デバッグできない、したくない」と言って投げ出すわけにもいかない。Kaiser Electronicsを味方につけるにはどのように説明すべきだろうか?

10. 后健慈氏と中国の関係はどのようなものか?

后健慈氏と深田氏が「虹晶は中国と繋がりがある」という事実を必要以上に強調している感があるため、公平を期すために「后健慈氏と深田氏も中国と関係がある」という事実を併記しておく。なお、筆者が本稿でイデオロギーの善悪を論じるつもりはないということを前置きしておく。

10-1. 米国「亡命」前の中国との関係

焦佑鈞氏が送ったものとされる社内メールのなかに后健慈氏が経営する3社の名前が挙げられていた。ここではそのうちの1社である「Inguard」について、こちらの検証スレッドの情報を整理することにする。

Inguard公式HPによると、同社は1997年に米国で設立された企業で、2000年1月に北京事務所を設立している。2003年9月には北京で開催された国際先進計算機半導体技術検討会に、中国の国家統計局、人民解放軍総武装部、61195陸軍科学技術成果交換センターなどと共に参加し、スピーチを行っている。

また中国の西安交通大学の広報によると、2004年9月に同大学は中国IBMおよびInguardと「西安交通大学-IBM Linux実験基地」を共同設立する協定を結んだという。協定締結式の写真からも確かに后健慈氏の姿が確認できる。

なお、当時のIBMの公式サイトの「University Partnership Program」(一部文字化けあり)の一覧には「IBM signed a MOU with Xi’an Jiaotong University on joint development of Linux-based solutions.」とだけあり、不思議なことにInguardの名前は確認できない。

さらに2004年9月には中国の人民日報系メディア『市场报』が《九冠电脑与英科集团达成交换授权协议》(九冠電脳とInguardグループのクロスライセンス協議)と報じている。記事によると、Inguard側はArticiaチップの評価用マザーボード・Teronプラットフォーム技術・特許を譲渡し、中国の九冠電脳側はそれを用いて製品を開発し、製品化の技術や経験を共有。Articiaチップの市場の反応を把握するのに協力するという。

時系列で見ると次のようになる。

2003年2月:虚偽登記の件で検察が簡易判決の申請
2003年3月:士林法院に係属される
2003年8月:Kaiser Electronicsから製造遅延を伝えるメール
2003年9月:北京で国際先進計算機半導体技術研究会に参加
2004年4月:Articia P のアップデート情報
2004年9月:西安大学で協力協定の締結式に出席・九冠電脳とクロスライセンス協議
2005年8月:虚偽登記の件で指名手配

新新聞にこそ取り上げられていないが、事件当時の后健慈氏と中国政府の関係は比較的良好だったのではないかと想像できる。この一連の足取りからは「中国のスパイに命を狙われていて、これから米国に亡命する」というような切迫した感じが伝わってこない。

10-2. 米国「亡命」後の中国との関係

台湾から米国へ渡ったあと、后健慈氏と中国政府の関係はどのように変化したのだろうか。
CTOが米マイロジックで設計したF35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムの設計情報は台湾で消え、その後、FBIの保護に入ったCTOも消えた。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2019年12月26日)
深田萌絵氏によると后健慈氏は米国に渡ってから姿を消したらしいが、いつからどのくらい姿を消していたのかについては発言が確認できない。深田氏自身が提示した新新聞の記事にもあったように少なくとも2006年には虹晶に対して反訴を起こしている。

2007年には米国で「TEKLIUM INC.」「REVATRON INC.」の2社を設立し、同年さらに中国江蘇省の高層次創業創新人才引進計画(高度創業イノベーション人材招致計画)に応募、2008年には日本でRevatron株式会社設立のためのプレマーケティングを始めるなど、途切れること無く精力的に企業活動を展開している。

そして、前述の江蘇省の高層次創業創新人才引進計画の実施要項を見ると、第九条の応募要件に「擁護中國共產黨的領導,遵紀守法,誠實守信,具有良好的職業道德」(中国共産党の指導者を擁護し、規律と法律を遵守し、誠実で信頼でき、良好な職業倫理を有すること)とあり、中国政府との関係はやはり依然として良好だったのではないかと想像できる。

2010年には中国のセキュリティに関するニュースを扱っているCPS中安网の《高清監控開往春天的地鐵》という記事のなかに「美国芯片设计公司TEKLIUM也在为进入中国高清监控市场跃跃欲试」(米国のチップ設計企業Tekliumも中国のHDモニタリング市場進出を熱望している)という一文が確認できる。

10-3. 現在の中国との関係

時々ネット上で「Revatron株式会社が次のようなプレスリリースを出していることから、后健慈氏および深田萌絵氏と中国企業の関係は良好だと見られる」といった言説を見かけることがある。(なお、このプレスリリースは深田萌絵氏が書いたものらしい
Revatronが中国テンセントとケントンIoTとの戦略的パートナシップ締結を発表

Revatron株式会社(レバトロン 本社:東京都中央区 代表取締役:浅田麻衣子)は、2018年12月6日(木)、中国深セン市に本拠地を置く中国SNS大手Tencent社(以下、テンセント)と中国半導体企業Kentton IoT Technology社(以下、ケントンIoT)とBoT(Blockchain of Things)技術開発及びプラットフォーム開発に関する戦略的パートナーシップ契約の締結を発表いたしました。
(中略)
2018年10月20日(土)に中国南昌市で開催された世界VR展において開かれた『5G+VRフォーラム』にRevatronはスピーカーとして登壇し、5G時代に必要とされる映像の高速伝送技術に関して世界に先駆けるソリューション・ベンダーとして中国5G通信メンバーともパートナーシップ契約を締結しました。
─ ドリームニュース: Revatronが中国テンセントとケントンIoTとの戦略的パートナシップ締結を発表
このプレスリリースにはいくつか不可解な点がある。

  • テンセント側からのパートナーシップ契約締結のプレスリリースが確認できない
  • Kentton IoT Technology(坤同物联科技)、中国5G通信メンバーとの契約締結を同一プレスリリース内で発表するのは不自然
  • しかも中国5G通信メンバーの社名が書かれていない

さらに、ゴンドウ氏のこちらの検証スレッドから次のようなことが分かる。


以上の点からプレスリリース表題の「パートナーシップ契約を締結した」という部分に関しては信憑性を疑わざるを得ない。

ただし、5G+VRフォーラムのSub forumに参加したことは確かな事実のようである。深田氏のブログにSub forum当日の様子が書かれている。「Revatron株式会社から技術を盗んで会社を潰した」と深田氏が長年糾弾し続けているファーウェイの方も参加していたようだが、和やかな雰囲気の中でイベントが行われたようである。
短大卒業後、町工場OLを経て早稲田大学政治経済学部で株式アナリストとなった筆者。リーマン・ショックを機に外資系金融機関から企業再生・民事再生業務に転じた後、米戦闘機F35のチップソリューションを開発した米国人エンジニアとともに起業した。
が、そこで開発した技術を「ファーウェイに盗まれ、会社を潰された」として、その複雑怪奇な経緯をネット上で6年間告発し続けている。
─ PRESIDENT: 告発から6年"中国のスパイ企業"の全手口(2019年4月15日)

11. 天才エンジニアだったか?

ある大企業の社長に「どうして、こんなスペックの設計ができるんですか?」と聞かれて、「それは貴方のエンジニアが頭悪くて、俺が天才だからだ」と答えた。
もちろん、商談は白紙。
─ 深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月12日)
深田萌絵氏が后健慈氏を「天才エンジニア」と称することの大きな根拠の1つが「后健慈氏が台湾で軍事技術の設計を奪われた」という物語であるように思われると本稿の最初に述べた。しかし、ここまでいくつか疑念を挙げてきたように、その物語の信憑性は極めて疑わしいと言わざるを得ない。

筆者は決してエンジニアの世界に通じているわけではないが、后健慈氏や同氏がCTOを務めるRevatron株式会社の業績を伝えるのが同社のプレスリリースや深田氏の著書、あるいは深田氏がメディアに寄稿した記事などにほぼ限られていることに違和感をおぼえる。

果たして后健慈氏は深田氏の言うような業績を有する「天才エンジニア」なのだろうか。本節では后健慈氏のいくつかの業績に対するZF氏の技術・権利面からの考察を概説する。

11-1. 何を発明したか?

J-PlatPatで「后健慈」をワード検索すると、これまでに日本で出願された「后健慈」を発明者とする特許・実用新案が確認できる。以下はその情報を元にZF氏が作成した一覧表である。(2020年5月現在も同じ15件の検索結果が表示されるのを確認している)



1999年から2001年までの間に15件出願した結果、特許1件、実用新案2件取得、残りは拒絶査定11件、取り下げ1件になっていることが分かる。唯一取得した「キーボード装置およびそれを用いたパスワード認証」の特許も収益化が上手くいかなかったらしく2004年に放棄されており、日本で現在保有している特許は1つも無い(2020年5月現在)ことになる。これは深田氏の発言から想像される「天才エンジニア」の実績とは大きくかけ離れているように思われる。

なお、15件のうち8件は出願者・権利者が英国領ヴァージン諸島に所在する「ジェネティックウェア・コーポレーション・リミテッド」( Geneticware Co Ltd)になっている。后健慈氏が代表を務めていること、また同社の保有する特許の発明者がいずれも后健慈氏であることから、おそらく后健慈氏が自身の知的財産を管理するために設立したペーパーカンパニーではないかと思われる。

GooglePatentsでは米国での18件をはじめ、中国、台湾、さらに欧州のいくつかの国でも后健慈氏が特許を取得していたことが確認できる。いずれも1995年から2003年までの間に出願されたもので、それ以降は新たな特許を取得していない。亞圖が虹晶に対してチップの生産を発注した2003年にそういった転機を迎えていることが興味深い。

后健慈氏が日本以外の国で取得した特許にはどのようなものがあるのだろうか。それらの技術はエンジニアの視点からどのように捉えられるのだろうか。ZF氏は后健慈氏の特許を全て調べた上で次のような見解を示している。
基本特許(そこを抑えられたら他社は逃げられない)は、無いと思います。
后健慈氏の出願は、当時のエンジニアが考えそうな小ネタが多いです。あえて分類すれば、防衛出願になります。防衛出願とは、自社製品で採用した技術が、他社で先に権利化されて訴えられることを阻止するための出願です。防衛出願は比較的容易に他社が回避(=同じ機能を有する別の実現方法で設計)できます。
エンジニアの技量は特許出願だけで査定できませんが、発明者としては凡庸であり、天才の片鱗は見られません。
(筆者のtogetterに投稿されたコメントから抜書き)

11-2. 立体音響の特許を取得したか?

后健慈氏が発明したとされるいくつかの技術の実在について、引き続きZF氏の考察を元に見ていくことにする。
台湾生まれ。知能指数200で5歳の頃にアメリカの研究所に送られそうになったことから彼の奇妙な人生は始まる。
6歳でアメリカ人のエンジニアに設計を教えて欲しいと聞かれ、10歳で論文を書く。
(中略)
学生時代に立体音響の特許を取り、日本の企業にライセンスしたお金でアメリカの大学院に入る。
─ 深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月12日)
Revatronの公式HPに掲載されていた后健慈氏のプロフィールには「1986年に台湾で人生最初の特許を取得した。この特許は台湾のUnitec社に用いられ、同社は大手オーディオメーカーのTEACに同技術を導入した。その目的は世界初の自動車内で4つのスピーカーを備えた音響システムの開発で、それらは今日もなお用いられている」とある。

台湾の特許検索システムで検索すると后健慈氏が1986年に《聲頻處理系統》(音響処理装置)という特許を出願しているのが確認できた。王禮福という人物と共同で出願しており、審査を経て1987年4月に権利開始となっているが、1991年4月には維持費未納で権利抹消されている。

Revatronの公式HPに書かれていた「今日もなお用いられている」ような画期的な特許とは程遠い印象を受けるが、后健慈氏の1980年代の唯一の特許のようであるから他の特許との見間違いということはないだろう。

以下、ZF氏のブログからこの特許についての技術的な解説を引用する。
「オーディオアンプの出力特性をフィードバック制御で調整するというものである。いわゆる「原音再生」を目指したものだと思うが、方式を見る限り「良い音」というよりは「正しい音」を狙ったものと言える。/『4つのスピーカーを用いる』という要素はどこにもない。
つまり「音響」に関する特許ではあるが、「立体音響」に関するものではないという。

念のため、1990年代以降の后健慈氏の特許のなかに「立体音響」に関する特許があるのかZF氏に話を伺ったが、PC周辺機器、CDのドライブ、キーボード、メモリ周辺、機器のソフト遠隔アップデート、およびデータ暗号化に関するもので、「立体音響」に相当する特許は「后健慈」、ウェード式表記の「Chien Tzu Hou」、いずれの名義でも確認できないという。

11-3. 「非常に価値ある発明」とは何だったか?

第5節で提示した焦佑鈞氏が送ったとされる社内メールでは「后健慈氏がセキュリティに関する非常に価値ある発明を持っていて、それがとても大きなマーケット機会をもたらす」という仮定が設定されていた。

また第3節の調査局が焦佑鈞に対して行ったとされる聞き取り調査の記録では、后健慈氏から「現行技術を遥かに上回るシステム・セキュリティ関連の技術をすでに発明してある」として亞圖との提携を求められたと書かれていた。

后健慈氏の「セキュリティに関する非常に価値ある発明」とは何だったのだろうか?

筆者は焦佑鈞氏が亞圖に投資した1999年に后健慈氏が日本で唯一取得できた「キーボード装置およびそれを用いたパスワード認証」の特許がそれだったのではないかと想像する。后健慈氏の言葉通り「発明」は確かにあったが、それが収益化できそうにない「発明」だったことから、焦佑鈞氏は「亞圖の技術には問題がある」と判断して早々とパートナーシップを解消したのではないだろうか。(この技術に対するZF氏の見解はこちらで述べられている)

ZF氏は1997年に台湾で取得されたプロセッシング方法に関する特許「セキュリティに関する非常に価値ある発明」に該当しそうだと推定しながらも、この類の発明は無数にあり、例えば日本で「記憶装置/データ/保護/制限」and 「1999年以前」で検索すると、成立した特許だけで2,500件以上が確認できると述べている。(筆者のtogetterに投稿されたコメントより)

手がかりとなる情報が乏しく、いずれも推定の域を出ないが、少なくとも后健慈氏がこれまでに取得した特許の一覧のなかに「大きなマーケット機会をもたらす」ような「セキュリティに関する非常に価値ある発明」は確認できないように思える。

11-4. 耐放射線チップを開発したか?

あれは5年前だ。
マイケルとの出会い。
福島原発事故、津波被害が遭ったというのに、日本の技術が遅れている為に高解像度動画はリアルタイムに送れないので事故の様子を知ることすらできないと知った。
更に、事故後の原発内部は高放射線下にあるので、放射線が電子にぶつかれば半導体チップがエラーを起こしてしまう。
そこで思い出したのが、マイケル[筆者注:=后健慈]だ。半導体大手Intelの元社長に紹介された天才エンジニア。彼は、耐放射線チップ設計を開発したので米軍に採用された。
原発事故の後、深田はすぐにマイケルに電話して投資の約束をした。それが全ての始まり。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2015年11月9日)
だが、深田萌絵氏によるとその「耐放射線チップ設計」らしき「耐放射線技術」は盗まれてしまったらしい。
深田萌絵@Fukadamoe
ホントは福島の為に耐放射線技術を持ってきた。それを中国人に盗まれた。なのに、国は知らんぷり。
深田氏のブログによると、旅費だけでも100万円近い費用を費やして中国共産党トップ10幹部の秘書にコンタクトし、中国の諜報機関から情報を得るなどして証拠資料を集め、Revatron株式会社から「耐放射線技術」を詐取したという企業を2014年に訴えたが、「耐放射線技術には価値が無いから、盗まれても構わない」というような判決が出て、敗訴したという。

では、深田氏が「盗まれた」と主張する「耐放射線技術」とは具体的にどのようなものだったのだろうか?
ZF ⚡@ZF_phantom
マイケルさんが深田さんと開発していて、コードを盗まれたというのは次の記事にあるような技術領域の、「高線量放射線環境下における、半導体チップでの高強度エラー訂正アルゴリズム」と推測しましたが、合ってますか?
深田萌絵@Fukadamoe
お!するどい!
すご〜く面白い技術です(o^^o)
深田氏はZF氏の「盗まれたのは高線量放射線環境下における、半導体チップでの高強度エラー訂正アルゴリズムか」という問いに対して肯定的な回答をしている。

ところが、Revatron株式会社が訴えを起こして敗訴した2004年の裁判の裁判記録を見ると、裁判の中でRevatron株式会社が「詐取された」と主張していた技術は「高強度エラー訂正アルゴリズム」ではなく「画像圧縮ソフト」「暗号化ソフト」であり、「高強度エラー訂正アルゴリズム」は係争事案と全く関係が無かったことが分かる。(なお、訴えられた人物が中国人ではなく日本人であることも分かっている)

この客観事実を見る限りにおいては、「后健慈氏は耐放射線技術を開発していないのではないだろうか」、または「后健慈氏は耐放射線技術を開発したが、盗まれていないのではないだろうか」という二通りの推測が成り立つように思う。だが、深田氏の主張は一貫して「后健慈氏は耐放射線技術を開発し、盗まれた」であり、そのどちらとも相容れない。

特許出願状況からは「后健慈氏が耐放射線技術を開発した」という事実を見て取ることはできるだろうか。以下、ZF氏に話を伺った際に得られたこちらの回答から要点に絞って抜書きする。

まず、深田氏とZF氏の会話で名前が挙がっていた「高強度エラー訂正アルゴリズム」について、ZF氏からは「后健慈氏の特許のなかにそれに相当するものは確認できない」という回答が得られた。そもそも同種の技術は昔から需要があり、これまでにいくつも提案されてきて実用化もされているが、耐放射線の効果はあくまで限定的なものだという。(ZF氏の詳しい解説はこちら

ではそれ以外に何か「耐放射線技術」に相当するような特許を后健慈氏は取得しているのだろうか。

ZF氏は、2001年に米国で取得されたメモリ管理方式の特許「耐放射線技術」と無関係とは言いづらいが、特許明細に「The invention is directed to a structure and method for repairing a memory defect in SDRAM to reduce cost and increase profit for the SDRAM producer.」とあるように、半導体メモリの製造会社の歩留まり率の向上を主眼とした技術であり、破損原子炉付近の高放射線環境下ではあまり意味を成さないだろうという。(ZF氏の詳しい解説はこちら

この米国特許がこれまでに日本で出願されていないという事実からも、その技術の有効性の程度を推し量ることができるように思われる。本当に破損原子炉付近の高放射線環境下でも極めて有効な「耐放射線技術」を20年近くも前に開発していたのなら、災害が起きるのを待たずに日本でも特許出願していたのではないだろうか。

11-5. Cellを開発したか?

ジェイソン・ホーは発明者として数々の発案をコンピューターチップデザイン、コンピューター・アーキテクチャ、通信、機械設計、光学装置及び暗号化技術など分野を超えて行い、80以上の発案特許をチップデザイン、コンピューター・アーキテクチャ、光学装置、暗号技術と機械設計の分野で取得した。
(中略)
また、コンピューターチップのセルラー構造を発案した。それらの考案が後にIBM社によって、DEEPBLUEと呼ばれる改革的なIBMスーパーコンピューターのセル・プロセッサーとして用いられ語り継がれている。セル・プロセッサーは改良されて東芝及びSONYの製品に用いられている。
(Revatron株式会社の后健慈氏のプロフィールより)
まず、后健慈氏の特許取得数は米国、台湾、ドイツ、フランス、英国、中国、日本で合計47件(同一技術を複数国に特許出願しているので実数はこの半分以下になるものと思われる)であり、「80以上の発案特許を取得した」という事実は確認できない。

「IBMが開発したCellがソニーや東芝に採用された」という書かれ方だが、そもそも「Cell」IBM、ソニー、東芝の共同研究によって開発された技術である。3社が「Cell」というコードネームの新しいプロセッサの研究・開発に合意したのは2001年。IBMが開発した「Deep Blue」とチェスの世界チャンピオンの対決が大きな話題を呼んだのは1996年1997年の出来事であるから「Deep Blue」に「Cell」が採用されるというのも時系列がおかしい。

「Cell」のチーフ・アーキテクト(設計者)はIBMのSystems and Technology部門に所属するPeter Hofstee氏のようだが、后健慈氏が過去に行ったという「セルラー構造の発案」がPeter Hofstee氏に何かアイデアを与えた可能性はあるのだろうか。

ZF氏は「Cell」は「マルチコア」を特徴とするプロセッサであり、「Cell」と「セルラー構造」は無関係であると指摘する。「Cell」Wikipediaを見ると確かに「マルチコア」という言葉はあっても「セルラー構造」という言葉はどこにも見当たらない。Googleでワード検索をしても「Cell」プロセッサ「セルラー構造」の関係、あるいは后健慈氏とそれらの用語の関係を説明する情報は見つからなかった。

さらにZF氏は、后健慈氏のMai Logicの主力製品はプロセッサに付随させて使う周辺チップセット(Kaiser Electronicsに提供の取り決めをしていたArticia Pもこれに該当する)であり、出願特許、製品のいずれからもプロセッサそのものの開発実績がうかがえないと疑念を呈している。
米軍が半導体チップの「耐放射線性」を高めるために開発したのが「セル構造型コンピューターチップ設計(CSCC)」であり、当時、米軍と仕事をしていた弊社CTOがIBMと共に開発に入った。開発計画半ばで、弊社CTOは事件に巻き込まれてFBI保護下に入ってしまったために計画から外れてしまったが、彼が付けた「セル」という名はそこに残った。
─ 日刊SPA!PLUS(2019年12月21日)
こちらの記事では「セルラー構造」ではなく「セル構造」と呼ばれているが、おそらく同じものを指しているものと思われる。この記事が出た年に作られたRevatron株式会社の新しい公式HPでは、后健慈氏が開発に携わったという「セル構造型コンピューターチップ設計(CSCC)」について「フラクタル構造」、「ニューラルネットワーク」といった専門用語や図を用いた説明がされている。(不思議なことに、新しい公式HPには技術や製品の説明はあるが、代表者名や所在地といった基本的な情報が見当たらない)

ZF氏はこの技術説明に対し、「一般に半導体チップは図示されているようなデザインにはしない」、「フラクタル構造とセルラー構造は異なる。Cellはそのどちらとも関係が無い」、「ニューラルネットワークを人工的に再現するなら図示されているような従来型のCPUやメモリは通用しない」などの点を指摘し、次のような見解を示している。(詳しい指摘はこちらの中段から)
印象として言えばR社の説明は、あちこちの先端研究あるいは製品から概念だけ拾ってそれっぽく匂わせているだけに見えます。まともな研究ならば、論文が適宜学術誌等に発表されているはずです。

12. 細かな点について

事件の本筋と直接関係するものではないが、3点ほど書いておくことにする。

12-1. 馬英九氏は金で党内の序列を上げたか?

「馬英九は俺が開発したJSF用のチップ設計を中共に売った金で国民党序列5位から1位になり、総統選に勝ったんだ」
─ 深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月09日)
馬英九氏の経歴をWikipediaで少し調べてみる。

1993年 法務部部長(日本の法務大臣に相当)に就任
1998年 台北市長に当選
2002年 台北市長に再選
2003年 国民党副主席に任命
2005年 国民党主席に当選
2008年 総統に当選

台北市は中央政府の所在地であることから台湾の首都とされる都市である。1988年から2000年まで総統を務めた李登輝氏、2000年から2008年まで総統を務めた陳水扁氏も台北市長を経験している。その台北市長に1998年から2回当選しているという実績を考えれば、馬英九氏が2003年に副主席に任命され、2005年に主席に当選するというのは順当であるように思われる。

そもそも国民党は「党内序列○位」という言い方は基本的にしないので、深田萌絵氏の言っている「序列5位」というのが筆者にはよく分からなかった。

12-2. 陳水扁氏は廃人になったか?

深田萌絵@Fukadamoe
ラファイエット事件でも台湾暴力団は解放軍へレーダー等のフランス軍事技術を横流しした。裁判の証人になりそうな人間は14人が殺されて、一人は日本で殺された。事件解明に挑んだ陳水扁は、JSF事件主犯の馬英九によって投獄され、治療も与えられず彼は生死の境を彷徨った挙句に廃人となった。
陳水扁総統がマネーロンダリングや収賄の罪に問われて逮捕・起訴され、服役したことは事実だが、「治療を与えられずに廃人になった」というのは事実と異なる。いくつか記事を紹介しておく。
陳前総統は2008年の退任後に逮捕・起訴され、2010年12月から服役。今年初めごろから体調不良の訴えが増え、検査で前立腺腫瘍などが見つかっている。先月12日に排尿困難で行政院衛生署の桃園医院に緊急入院後、21日に栄民総医院に転院した。
─ 台湾中央フォーカス(2012年10月4日)
法務部は19日、陳水扁前総統が治療を受けられる権利を最優先に考慮し、同時に合法性にも配慮して同部矯正署と台北刑務所が慎重に検討した結果、収容環境、医療資源、計器検査設備、看護ケア、家族による面会の利便性などから、台中刑務所(台湾中部、台中市にある)に付設される培徳病院が陳前総統に最適と判断し、同日午前に陳前総統を同病院の医療専門エリアに移送して治療を継続していると明らかにした。
─ TAIWAN TODAY(2013年4月22日)
病気療養のため仮釈放中の陳水扁元総統は5日、台北市内で開かれた自身の回顧録の発表会に出席した。陳氏は、報道陣から仮病の疑惑が向けられていることに触れ、震えが出ている右手を差し出し、「フリはできない」と主張した。
(中略)
陳氏は1994年から98年まで台北市長、2000年から08年まで総統を務めた。10年末に収賄などの罪で収監されたが、15年1月に健康状態悪化を理由に仮釈放された。現在は自宅で療養している。
─ フォーカス台湾(2019年5月6日)
台北栄民総医院で入院治療中の陳水扁元総統が歩行する動画が公開され、その動画を見た台湾大学病院の医師がインタビューで「陳氏はすでに廃人になった」と答えたという2013年のニュースは確認できたが、2015年の仮釈放を報じたニュースからは支持者の歓声に手を振って応える姿が確認できる。


簡単に経過をまとめると次のようになる。

2010年:収監
2012年:重度のうつ病と多重性の身体化障害→入院治療
2013年:刑務所内の医療施設の専用区域へ
2015年:健康状態悪化を理由に仮釈放→現在に至る
2016年:深田萌絵「治療も与えられずに廃人になった」

次の2019年のニュースでは、総統選の候補者がTV討論で全国の刑務所所長に向けて「もし私が汚職で入所したら食事は1食だけ準備してくれればいい」と語ったのに対し、陳水扁氏がFacebookに動画を投稿し「入所経験がある人なら知ってると思うが、そんな申し出はできない。必ず3食準備される。それを食べるか食べないかは自分で決める」と語ったことが紹介されている。




2016年の深田氏の発言に反して「治療を受けていたし、廃人にもなっていない」というのが事実であるから、「陳水扁氏が事件解明に挑んだ」というのもおそらく深田氏の創作だろうと思われる。2019年に発言を次のように一変させていることがそれを裏付けている。
2003年にカイザーエレクトロニクスが陳水扁元台湾総統に対して、台湾で製造するはずのマイロジック社のチップサンプル製造工程で不適切な妨害が入って製品製造が遅れているから、適切な対応をして欲しいとお願いをされていましたね。
陳水扁元総統は、青幇を恐れて介入しなかった。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2019年12月26日)

12-3. 青幫は実在するか?

深田萌絵氏の話にはよく「青幫」という秘密組織が登場する。組織そのものは確かに戦前から実在しているが、深田氏の話の中ではかなり脚色がされていて全く別の組織のような印象を受ける。台湾で有名な組織かどうかを聞かれたことがあるが、おそらく名前すら聞いたことがないという方も少なくないのではないだろうか。

現在台湾で三大暴力団とされているのは竹聯幫、四海幫、天道盟である。深田氏は「竹聯幫は青幫の下部組織である」と主張しているようだが、台湾でそういった言論を見かけることはないし、深田氏自身もその主張を支える根拠を示していないように思われる。

ネットで少し調べてみた限りでは「青幫」は現在「中華安清総会」という社団法人を設立して活動しているようなので、志の高いジャーナリストの方でどうしても気になる方がいたら取材を申し込んでみるといいかもしれない。

まとめ

1. 台湾政府の発表はあったか?
 ⇒ 台湾内外で記録が無いことから信憑性に欠ける

2. 投獄されたか?
 ⇒ 虚偽登記の簡易判決後に出廷せずに指名手配となったという事実に反する

3. 虚偽告訴はあったか?
 ⇒ 虚偽告訴が行われたと判断できる客観証拠が提示されていない
 ⇒ 虹晶にチップ製造を発注していたことと時系列で矛盾がある
 ⇒ 「調査局に押収された」、「マフィアに盗まれた」という主張と整合性が取れていない

4. 設計を盗まれたか?
 ⇒ 設計を盗まれたと判断できる客観証拠が提示されていない
 ⇒ そもそも回路図は米国にあるはずなので知財的な影響は受けない
 ⇒ 実際、2004年にアップデート情報が出ている

5. 焦佑鈞氏は「すごい」と評したか?
 ⇒ 仮定したに過ぎず、その仮定も誰が設定したものか定かでない

6. FBIに保護されたか?
 ⇒ 后健慈氏の英名が一貫して「Jason Ho」であるという事実に反する

7. JSF計画にどう関わったか?
 ⇒ 開発に必要な膨大な部品のうちの1つを共同開発先に提供していた
 ⇒ 市販品に準ずるもので兵器としての本質にさほど影響のある核心部品ではなかった
 ⇒ 部品提供の取り決めはしていたが、最後まで計画に関わったかは定かではない

8. 製造の妨害はあったか?
 ⇒ 妨害があったと判断できる客観証拠が提示されていない

9. 製造遅延の原因は何か?
 ⇒ 后健慈氏の技術者としての実力不足というのが妥当な判断だと思われる

10. 后健慈氏と中国の関係はどのようなものか?
 ⇒ 事件前・事件後も比較的良好だったのではないかと思われる

11. 天才エンジニアだったか?
 ⇒「后健慈/Chien Tzu Hou」名義の特許を見る限りでは、発明者としては凡庸であり、天才の片鱗は見られない。


実はJSF事件にはまだまだ続きがある。

2010年、深田萌絵氏は当時NASAに技術提供していたという后健慈氏と出会い、東日本大震災の後、日本経済の立て直しを目指してRevatron株式会社の代表に就任。2012年、日本政策投資銀行のビジネスプランコンペティションに応募。さらに経済産業省の廃炉事業技術カタログにも同社の耐放射線技術が掲載されるが、第11節にも書いたようにその後中国のスパイに技術を盗まれてしまったらしい。(廃炉事業関連の検証はこちら

詐取を訴えた裁判では敗訴した深田氏はその後もWiLLという雑誌と共に相手の戸籍を顔写真や生年月日、住所などが全て分かるような形で一方的に開示し、「これが中国のスパイが戸籍を不正取得している証拠だ」と誹謗。さらにブログやTwitterで数々の中傷を行い、被害に遭われた方から名誉毀損で刑事告訴されたことについては「焦佑鈞が私を黙らせようとしている」などと主張している。

だが、2018年に国連の女性の地位向上委員会でGAHT(歴史の真実を求める世界連合会)が主催したパラレルイベントでは、Revatron株式会社が盗まれたはずの耐放射線技術を使って電子部品の開発を行っていること、日本政府機関と共同開発を開始したことなどが深田氏によって語られており、后健慈氏の耐放射線技術に関する深田氏の話はやはり今ひとつ要領を得ないように思える。(スピーチの動画はこちら、ゴンドウ氏の日本語訳

なお、深田氏はブログで、国連のパラレルイベントでのスピーチは国会議員の杉田水脈氏の勧めで決まったもので、元々は慰安婦団体が中国と組んで技術を盗むことに加担していると話す予定だったが、主催者から「あなた売春して生きてきたんでしょ」、「あなたみたいな人間はいまそうでなくても、いずれそうなるのよ」と言われ、15分あったスピーチも検閲を受けて4分まで削られたと書いている。現場には「あなたも櫻井よしこも杉田水脈も、いずれは消えるのよ」と叫ぶ女性もいたという。

2019年2月、龍馬プロジェクトの神谷宗幣氏がチャンネル「CGS」で深田氏に「中国人に技術を盗まれた話」についてインタビューを行ったところ、番組にクレームが寄せられ、神谷氏は7月に「深田萌絵は詐欺師なのか?」というテーマで再び深田氏にインタビューを行ったとFacebookで報告している。だが、神谷氏の「早めに配信します」という言葉に反して、2020年5月現在もそのインタビュー動画は配信されておらず、また何らかの理由で配信中止を決めたという発表も行われていない。

それから2015年頃の深田氏のブログによると、Revatron株式会社は「N大三次元映像研究室」、「W大通信研究室」、「O大光学研究室」などとも共同研究する予定だったそうだが、プロジェクトが始まった矢先にファーウェイがそれぞれの研究室に多額の寄付を行い、その結果大学側から共同研究を白紙にしたいと申し入れがあったという。深田氏が共同研究先の名前をこのように中途半端に伏せているのが何を意図してのことなのかも筆者にはまるで分からない。

また深田氏のブログによると、同じく2015年にRevatron株式会社の副社長が社印、開発中のチップ、HDDを持ち逃げして失踪したという。深田氏は当初「拉致されたのかもしれない」と考え、拉致議連の国会議員に問い合わせたが、梨のつぶてだったという。その後、深田氏は元副社長がファーウェイの関連会社に移り横領、企業秘密を盗むなどの活動を行っていることを知ったらしいが、いずれも客観証拠が1つも提示されていない。元副社長に対して訴えを起こした様子もない。

ちなみに深田氏が「ファーウェイに技術を盗まれ潰された」と主張しているRevatron株式会社だが、社名を維持したまま途切れることなく法人を次々に入れ替え、すでに判明している歴代Revatron4社が集めた資本金総額は1億2,669万円にものぼると見られている。(2020年5月現在、深田氏のWikipedia上に「2012年、レバトロンホールディングス合同会社を設立」とあるが、公的資料を見る限り同社の設立は2014年であり、この「2012年」がどこから出てきたものなのかは定かでない)

Wikipediaと言えば「2014年に三菱東京UFJ銀行が深田氏の口座から預金を横領した」といった旨の記述が2020年5月現在確認できる当時Revatron株式会社の代表を務めていた后健慈氏の口座に対する仮差押えの効力が、共同代表の深田氏の口座にも及んだこと(いずれも個人口座ではなくRevatronの会社口座)について、深田氏は「三菱東京UFJ銀行が解放軍のために米軍技術横流しに加担している」「ファーウェイの要望で私の口座から預金を横領した」などと主張しており、それを書いたものだと思われる。(こちらのブログで裁判の経過が解説されている)

米国では后健慈氏が脱税の罪に問われ、やはり深田氏が「后健慈は台湾と中国の両方のスパイに攻撃され、FBI被害者支援プログラム下にあったが、IRS(内国歳入庁:日本の国税局に相当)はFBIと協力し、ファーウェイを経由して中国に情報を売っている」といった旨の請願をホワイトハウスに出そうと署名を募ったりしている。なお、目標10万人分に対して599人分の署名が集まったようである。(后健慈氏が租税回避を行っている可能性についてはゴンドウ氏がオフショアリークスで確認している

最後にもう1つ。JSF事件を技術・権利面から検証しているZF氏については本論でも紹介したが、2019年8月、同氏のブログにRevatronの顧客を名乗る人物が現れ、全ての検証記事の削除を要求したという奇妙な出来事があったこともここに記しておく。この記事のコメント欄にやり取りが残っているが、検証記事のどの部分に問題があるのか質問しても削除が妥当だと判断できるような回答が無かったため、ZF氏は要求に応じなかった。

その4ヶ月後、深田氏はZFと名乗る人物から殺害予告があったとSNSやブログで説明し、WiLLに掲載された自分の記事をコピーして国会議員や官僚の元へ陳情に回るよう呼びかけている。

同日、徳島文理大学教授の八幡和郎氏がこの呼びかけに応じ、「深田萌絵さんがSOSを出している」、「深田さんを守るために政府も含めて日本人は力を尽くすべきだと思う」と数度に渡って深田氏の記事をFacebookで拡散している。ZF氏は事実無根であることをTwitterで八幡氏に伝えたが、八幡氏からは何の回答も得られていないようである。

翌月、深田氏はチャンネルAJERで杉並区議会議員の小林ゆみ氏と対談を行った際にもこの根拠不明の「殺害予告」について語っている。対談動画の公開後、ZF氏は全く身に覚えのない濡れ衣であることをTwitterで小林氏に説明しているが、やはり何の回答も得られていないようである。なお、小林氏は深田氏を尊敬して慕っているようで、前述の戸籍の不正取得に関する主張もTwitterで拡散している

深田氏のブログやSNSではこういったエピソードが数多く語られているが、ここまで見てきたように、この事件の始まりである「后健慈氏が台湾で軍事技術を奪われた」という主張がすでに信憑性に欠けるものなので、本稿でその後の展開を詳しく検証することはしない。この事件を検証している方のサイトをいくつか紹介するので、興味を持たれた方はそちらを参考されたい。


ZF: 深田事件の考察一覧
深田氏関連の事件が技術や権利面から検証されている。この抄録を作成するにあたって参考にさせていただいた。

事実を整える: 深田萌絵(浅田麻衣子)・Revatronによる藤井一良さんに対する背乗り疑惑事件のまとめ
深田氏が経営するRevatronに関する訴訟の情報が整理されている。

栗ティーク21のブログ : 深田萌絵氏の妄言を検証する
深田氏とWiLLの「戸籍を不正に取得した」という主張に対して反証がされている。(記事は①から⑤まである)

深田萌絵氏の藤井一良氏に対する背乗りスパイ疑惑事件にWiLLはどう関わったか
JSF事件から繋がっているらしい背乗りスパイ疑惑事件にWiLLがどう関わったのかを整理・考察したもの。拙作。


以下はtogetterのまとめ。

深田萌絵さんの「うちの会社のCTOがF35の開発に携わり、技術を盗まれ、台湾から逃げ、FBI保護プログラムで名前が変わった」という話は本当なのか?
検証スレッドのツイートを中心にまとめたもの。この抄録を作成するにあたって参考にさせていただいた。

自分の会社のCTOがPS3に搭載されたCPU(Cell/B.E)の開発に関わったと自称する深田萌絵さん Revatronの公式サイトには「2014年2月に世界最速のスーパーコンピューターの開発に成功した」という記述まであるが、そうした業績が一向に伝わってこない。

深田萌絵の作成する相関図の検証したらトンデモ相関図だった件。
深田氏の作成する相関図は「深田氏しか知らない情報」で作成されているような印象を受ける。

深田萌絵(=浅田麻衣子)のとある日本人家族への誹謗中傷
深田氏・WiLL側の主張はすでに破綻しているようだが、2020年5月現在も中傷記事や動画の公開は続いている。

おわりに

私がJSF事件のことを知ったのは2020年4月上旬、台湾の新型コロナウイルス対応について深田萌絵氏が事実と異なる発言をしたことが台湾のニュースで取り上げられたときのことだった。たまたまTwitterでそのことを知り、ニュースの内容を日本語で説明するツイートをしたことから、この事件について検証している日本の方たちと知り合うことになった。
そうして私も検証のために深田氏のブログやSNSで過去の発言を調べ始めたところ、彼女が少なくとも2015年頃から台湾に関する誤情報を度々発信していることを知った。台湾のメディアをソースにしているように見せながら実際に報じられている内容とは全く異なることを書いていたり、あるいは道教についてデタラメなことを書いて侮辱するようなものもあった。
深田萌絵@Fukadamoe
台湾の人口二千万人のうち四百万人が薬物中毒。小学校の給食にまで麻薬を混ぜるのが、中国共産党の戦略でそれに加担してるのが台湾暴力団青幇だと報じてます。シャープを買収したテリーゴウも青幇ですが、大丈夫でしょうか。https://www.youtube.com/watch?v=7Svrt321B5I
☆Chris*台湾人☆@bluesayuri
つけた画像先全部見た!全く学校の給食の事に触ってない!中は「蒋介石が中国で麻薬を売ってた事!」そして台湾の番組中の出鱈目な話、新聞でない!ソースにとしてやっぱり根も葉もない話!麻薬は学校の給食に入れ?あるなら、台湾の新聞報道自由度は日本より高い、なぜないの?
深田萌絵@Fukadamoe
台湾も、日本もメディアはかなり制御されてますね。ただ、台湾の人の方が報道の努力してると思います。レベルが高いニュースを台湾で見ますよ。正晶時限とか。単語は難しいですが。
深田萌絵@Fukadamoe
シャープ買収提案のホンハイCEOはカルト宗教で赤ちゃんの血を使った儀式してるって業界では有名。オレンジのストールは自分が神様の証だそうです。

JSF事件の検証が進んで事件の全容らしきものが見えてくるにつれて、深田氏の根拠のない言論で被害を受けているのが台湾だけではないことを知るにつれて、私は台湾のニュースで取り上げられた彼女の一連の発言が単なる事実誤認ではないのかもしれないと思うようになった。

実際、深田氏は新型コロナウイルスに関する発言について多くの方たちから事実誤認を指摘されても訂正することはなかった。それどころか「台湾の言論兵」から批判を受けていると主張し、日本の『WiLL』という雑誌でも再び台湾の防疫について誤情報を発信した。
深田萌絵@Fukadamoe
そうですよ。
中国スパイを批判したら、台湾のネット言論兵が飛び出してきて私を批判してます。
台湾の言論兵と中国五毛党が連携している証拠です。
そうした呼びかけに従ってか、深田氏の言論を守ろうとして「中国のスパイに加担するのか」、「中国のネット工作員が来た」などと心ない中傷をする方をこの2ヶ月で何人も見てきた。幸い私は被害に遭ったことはないが、台湾のために声をあげてくださった日本の方たちまでもがそういった誹りを受けるのを見ると、いつも心苦しく思う。

例え私がどこかの国のスパイであっても「深田氏の言論に誤りがある」という事実が覆ることはない。「誤りではない」と主張するなら、それが判断できるような客観的な根拠を提示した上で反証すべきである。この抄録を最後まで読まれた方が事実に対して公平であること、そしてJSF事件の真相が明らかになることを願っている。

資料:JSF事件に関する深田萌絵氏の発言

最後に、事件概要を書くにあたって参考にした深田萌絵氏の発言を以下に挙げる。
深田は最近変な事件に巻き込まれてルナ~って感じですが、全ては私が数年前に投資した会社から始まります。
この会社のことは五年前から知ってて、米軍が動画誘導型ミサイルのカメラに付ける動画伝送チップソリューションを開発していた会社だった。
聞けば華々しいけど、この会社は傷んでいて投資家は付かなかった。
この会社の価値が傷んだ理由は、台湾暴力団に台北オフィスを銃撃されて設計を盗まれたからだ。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2015年3月19日)
5年前、普通の株式投資に退屈した私はもっと面白い投資を探していたところ、元米軍のJSF計画で開発していたアメリカ人を発見した。
彼は、JSF計画で音速機用の遠隔操作システムと動画伝送システムの開発をしていたのだが、解放軍と組んだ台湾マフィアに台北オフィスを襲撃されてFBIに保護されて米国籍を取得。狙われたことを理由にいったん開発チームからは外されてしまった不運な人だ。
それは面白いと思ったので、一緒に会社を始めたのだ。
─ 深田萌絵バックアップブログ5(2015年11月3日)
マイケル・コー。この名前は、FBI被害者保護プログラムでFBIから与えられた名前で本当の名前ではない。
マイケルの会社は耐放射線チップ設計技術で台湾で株式公開を果たし、セルコンピューターと略式で呼ばれた技術の名前は一瞬世界に広まった。
直後、彼の台湾オフィスは中国スパイに襲撃され、馬英九によってマイケルは投獄された。獄中で暗殺されそうなところ、現台湾立法院長王金平に助けられて米国へ亡命。FBIの保護下に入ったのだ。
(中略)
「馬英九は俺が開発したJSF用のチップ設計を中共に売った金で国民党序列5位から1位になり、総統選に勝ったんだ」
「兵器技術の密売って国際条約違反で捕まらないの?」
「捕まるわけないだろ。証拠も証人も全て隠滅された」
(中略)
「JSFは裁判にならなかったの?」
「陳水扁元総統が台湾国内でも国民党の軍事技術転売汚職事件の捜査を進めようとしていた」
「じゃあ、FBIの捜査にも協力してくれたのね」
「ところがだ、馬英九が検察を使って陳水扁を汚職で投獄させたその日、FBIの捜査は打ち切られて事件を知る者は全員口を封じられたという結末さ」
─ 深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月09日)
ペラリとカイザーエレクトロニクス社の社長から陳水扁に当てられた手紙が出てきた。
『親愛なる陳水扁総統。ジョイントストライクファイター(統合打撃戦闘機)の開発を米国政府から受けて以来、私達は中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃にさらされ、特に王源慈氏の会社は危険な状態にあります。総統におかれましては、台湾国内における王氏の活動をサポートして頂きたく存じ上げます。
カイザーエレクトロニクス社、社長より』
「なんだ…これ…」
カイザーエレクトロニクス社といえば、ロッキードマーティン社の下請けでマイケルと共同で開発を行なっていた会社だ。
(中略)
深田は不安に駆られてファイルのページを捲る。そこにはFBI被害者保護プログラムの証明書とステイトメントと書かれた書類が挟まっていた。
『-ステイトメント- 私、王源慈は、FBI被害者保護プログラムにより、氏名をマイケル・コーに変更し、米国市民になることをここに宣誓します。マイケル・コー』
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2015年11月29日)
深田萌絵@Fukadamoe
シャープ買収提案のテリーゴウとマイケルは昔一緒に仕事をしてた。マイケルも台湾公開企業の社長だった。マイケルがJSF計画で開発した軍事用電子部品は、いつの間にか解放軍に流れ、マイケルの台湾オフィスはマシンガンを持った暴力団に襲撃され、彼は米国へ亡命した。日本人はそれでも鴻海万歳か?
深田萌絵@Fukadamoe
ラファイエット事件でも台湾暴力団は解放軍へレーダー等のフランス軍事技術を横流しした。裁判の証人になりそうな人間は14人が殺されて、一人は日本で殺された。事件解明に挑んだ陳水扁は、JSF事件主犯の馬英九によって投獄され、治療も与えられず彼は生死の境を彷徨った挙句に廃人となった。
① 1996年頃、マイケルが経営する米企業がJSF計画に参画する。
(中略)
⑦ 2005年、マイケルがFBIの力を借りて米国に亡命し、FBI被害者アシスタントプログラムで氏名を変更した。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2016年10月20日)
深田萌絵@Fukadamoe
焦祐鈞は、台湾の司法機関から諜報機関まで影響力を持っていることで有名だった。CTOは獄中で暗殺されかけたところ、当時の行政院長王金平に救われて米当局の保護下に入った。
台湾政府は、これが「台湾史上最悪の人権侵害だ」と発表した。#焦佑鈞#青幇
深田萌絵@Fukadamoe
青幇に買収される前の新新聞は、パナソニック買収の焦佑鈞がF35の技術を巡る嫌疑について報道してます。
ラファイエット、F35は焦佑鈞が技術を盗み、証人を少なくとも14人殺した。
殺された人の台湾人家族から、彼を告発してくれと言い残されて、、、
2003年にカイザーエレクトロニクスが陳水扁元台湾総統に対して、台湾で製造するはずのマイロジック社のチップサンプル製造工程で不適切な妨害が入って製品製造が遅れているから、適切な対応をして欲しいとお願いをされていましたね。
陳水扁元総統は、青幇を恐れて介入しなかった。
それどころか、台湾調査局に、中山科学院とマイロジック社のF35のフライトコントローラー/ディスプレイシステム設計を捜査で押収して、そのまま設計資料は全て行方不明になった。
マイロジックで設計をしていたのは弊社のCTO。
CTOが米マイロジックで設計したF35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムの設計情報は台湾で消え、その後、FBIの保護に入ったCTOも消えた。
─ 深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2019年12月26日))
深田萌絵@Fukadamoe
パナソニック買収の焦佑鈞がF35の開発者を虚偽告訴したときの台湾警察での調書。

「投資するよ」

と投資して安心させ、技術を奪った後に「技術がなかったから金返せ」と、虚偽告訴して技術泥棒をしてきました。

中山科学研究院の陳友武の技術も焦が盗みました。
パナソニック買収の新唐科技会長焦佑鈞(ユーチェンチァオ)がうちのCTOの技術のマーケット機会がすごいといったメールです。
この後、焦佑鈞はCTOを嵌める為に虚偽告訴を台湾、アメリカで仕掛けます。
(中略)
このメールはインターナルメールで、焦佑鈞の秘書がCTOを助けるためにくれました。そのことが焦にバレた翌日秘書は死体で発見されました。
─ Facebook: Moe Fukada(2020年1月11日)

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